2月21日
先週、新亡精霊供養に行ってきた。
大丈夫 泣かなかった。お寺の近所は あの子の小さな頃の思い出が多くさんある。でもちゃんと泣かずに運転できた。
泣かなくなった。
でも ずっと考えてる。
ああして 生きて行こう。
こうして 生きて行こう。
…まるで 呪文のように…
そして こころの片隅で思っている「もう希望も楽しみも死ぬまで無いだろうけれど」
ここ7,8年 私の願いや希望は、いつかあの子と楽しく過ごす日が来ることだった。
あの教師に かかわるまで 私達は幸せだったと思う。
でも、あの教師の対応のせいであの子は私から距離をおいた。
状況的に あの教師しか原因は無い。
でも、当時の私は力がわいてこなくて、行動不足になった。
教師なんてものは、たかだか長くても数年しか関わらない存在だ。それなのに、一生の責任など取れないだろうに、知識も付け焼き刃程度で母親を 保護者を小馬鹿にする。
あの子の傾向が わかっていなかったあの教師。卒業の挨拶の時「一人だけ救えなかった生徒がいるんですぅ…ウルウル」とわざとらしく涙を流すふりして教室を駆け去った。
そうすれば、万人に悔んでいるのねと思われるとでも思ったのだろう。
本当に救いたいと思っていたなら なぜ私と対峙しなかったのだ?
私が、私達が なにをした?
いま この現実を この悲しみを
あの おとこのせいで…
あの子は孤立へと向かっていったんだ。
でも、どうせ、「そんな事になるなんて思わなかったんです、そんなぐらいで人間関係ががらりと変わるんですか?」
とでも言うのだろう。
変わるんだよ!
障害って そういうことなんだよ!
なんで
なんで
なんで
あのときの私は 言えなかったの?
行動出来なかったの?
悔やみきれない
死ぬまで 死んでも ずっと
あの子を 一人にしてしまった私の罪
もう償えない
あの教師は 確かに憎い
でも 私は仕返しをすることはない
やりようも無いし 役目ではない
ただ ただ 死ぬまで生きて行こう。